2017年1月22日日曜日

キウス周堤墓群


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千歳市の郊外に、縄文人の手に拠るとされている大規模な遺跡があることを御存知だろうか。

「キウス周堤墓群」と呼ばれるその遺跡は、国道337号と道東自動車道が交差する千歳東ICのすぐ傍に、国道に真っ二つに分断された形で存在している。

現地の看板の説明書きに拠ると、およそ3000年前の縄文時代後期に造られた墓で、円形に掘った土を周囲に堤状に積み上げ、その内側の墓地に当たる部分には石柱が立てられることもあり、その形状から「周堤墓群(しゅうていぼぐん)」若しくは「環状土籬(かんじょうどり)」と呼ばれているらしい。

域内には全部で8基の墓があり、一番大きなものでは直径が75m、高さ5m、深さ2mとのことで、「直接見ることができる日本一大きな縄文時代のお墓」ということだ。



石器人がこの遺跡のことを知ったのはそれ程古くなく、確か西暦2000年頃のことだったと記憶している。

どんな場所かと興味を惹かれ、何回か現地まで行って写真も撮ったのだが、CD-Rに保存しておいた写真が経年劣化の所為かほぼ読み取り不能となり、手元には一枚の写真も残っていなかった。

葉っぱが落ちた11月頃に撮ったので、結構全貌を見渡せる写真もあったから、実に惜しいことをしたなと思っていたのだが、「それなら今丁度葉っぱが落ちて見通しもいい筈だから、もう一回行って写真を撮ればいいべや」と気が付き、又もや現地を訪れることになったのだ。





まずは「キウス周堤墓群」の地図。
   
オレンジ色のマークが「キウス周堤墓群」だ。



参考までに、これが千歳市にある他の主な遺跡の航空写真。
   

千歳市内の他の遺跡もマーク(水色)で示してある。





という訳で、秋も深まった11月初旬のある日「キウス周堤墓群」を訪れるべく、千歳市に向かって出発した。

場所自体は国道337号を千歳に向かって進み、千歳東ICの手前迄来れば、進行方向に向かって左側の雑木林に看板と駐車場があるのですぐわかる。

これが駐車場の入口の写真。

キウス周堤墓群駐車場


少し離れてこんな看板もある。

説明書きの看板
冒頭に書いた「キウス周堤墓群」についての説明は、この看板からの引用である。


これが看板の拡大図


赤字の番号は撮影位置で、矢印記号は撮影方向。




拡大図中の№1地点。まずは駐車場から遺跡へ向かう。

拡大図№1地点
木立の先に2号周堤墓が見える。



拡大図中の№2地点。2号周堤墓の堤の上から国道方向を見る。

真ん中から真っ二つ
ドーナツが真ん中から国道によってスッパリ分断されているのがわかる。なかなか無神経な工事だ。道路を通した時はわからなかったのだろうか、それともわかっていても遺跡の意義など軽視された時代だったのだろうか。



拡大図中の№3地点。堤の形をオレンジの線で描いてみた。

堤の形状はこんな感じ


拡大図中の№4地点。上の№3の先の堤の形状。

同じく堤の形状の画像


拡大図中の№5地点。3号周堤墓を望む。

オレンジの線が3号のドーナツの穴部分



拡大図中の№6地点。3号周堤墓の内側。
   
3号の内側





一応他の周堤墓の写真も撮ったのだが、全体像が掴めそうなのは上に載せた写真くらいしか無かったので、後は省略することにした。



撮影技術が未熟な為、現場の様子はなかなか伝わり難いとは思うが、それにしても現地で見る限り、平面的な広がりが巨大な遺跡であることが実感できる。

重機を使っても結構な作業量になりそうなのに、それをすべて人力でここまでの大きさのものを造り上げるというのは、まさに気が遠くなるような作業だと思われる。





ところで、ネットで「キウス周堤墓群」について色々と調べてみたのだが、その中でも「歴史倶楽部 - 邪馬台国大研究」というHPに掲載されている記事が面白かった。尚、検索すればトップで出てくるので、このHPに敢えてリンクは貼っていない。

そのHPのトップページの目次にある№180「北海道の遺跡を訪ねて」のページからリンクされている「キウス周堤墓」に関する記事の中に、「周堤墓の内側で遺体の一部の遺存が認められている」という記述があったので、「墓」であることは間違いないようなのだが、それにしてもここまで巨大になものを造る理由が、信心の足りない石器人としては理解に苦しむ点だ。



予備知識の無い人間に「UFOの発着跡」だと説明しても、もしかしたら信じる人もいるかも知れないと思わせる程、スケールが大きく不思議な遺跡である。


(続く)  (前回)



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2017年1月3日火曜日

擬似火星?樽前山


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謹賀新年



結構前の話なのだが、苫小牧と千歳との境界にある「樽前山(標高1,041m)に登ったことがある。

長沼町より樽前山を望む


この「樽前山」なのだが、夏の間は七合目にあるヒュッテの駐車場まで車で行けるため、札幌近郊の山の中ではかなり登り易い部類に入り、駐車場からはゆっくり歩いても1時間もあれば頂上に到達できるので、誰でも登れる山として人気がある。


これが地図。

   

画面左下の+(プラス)ボタンをクリックすれば、地図が拡大する。


こちらが航空写真。

   

画面左下の+(プラス)ボタンをクリックして、画面を拡大して見て欲しい。頂上の溶岩ドームの状況がわかると思う。





それでは、朧げな記憶を辿りながら、当時のことを書いてみよう。


確か2006年の6月頃だったと記憶しているのだが、ある晴れた日、「樽前山」を目指して、車で自宅を出発した。


千歳市に入って「道道16号 支笏湖スカイロード」を西に進み、国道453号にぶつかったら左折し、更に少し南下すると国道276号にぶつかるので、そこを右折。

それから暫く進んだ「モラップ」という場所で、「樽前山」方面に分岐している道道141号に侵入し、後は標識に沿って道なりに進めば、「樽前山」七合目ヒュッテの駐車場に到着する。


登山シーズンに突入した所為か駐車場は混み合っていたが、なんとか停める場所を見つけて、頂上目指して出発したのが午前10時を過ぎた頃だったと思う。

登山口近くに「火山性ガスが出ておるぞ!」、「外輪山の内側には絶対入るな!」、「危険を感じたらすぐ下山すれ!」等の注意書きの看板を見て、「ああ、そうか。そう言えばここはれっきとした火山だったよな」と、改めて思い知らされた。

登山口にあるお堂みたいな形をした登山届記入所で登山届を書いてから、整備されたコースを登り始める。


階段状の登山道の両側は低木が茂っていて見通しがよくない。そのまましばらく歩くと、支笏湖が望める「見晴台」と呼ばれる場所に着く。

そこからは両側の低木もなくなり、階段状の登山路がいつの間にか普通の登山道に変わる。未だ山腹ではあるのだが、樹木が全くない為見晴らしは良い。

早い時間に登った人たちが下りて来て結構すれ違うのだが、この半端な時間に登り始める人は少ないようで、石器人の遥か前方に何人かの登山者が登っているのが見えるだけだ。


で、登山口から1時間弱で外輪山上の分岐点に到着。

ここから、左手方向の登山路を辿り、山頂の南西方向にある「993mピーク」を目指す。


しばらく進むと登山道が二股に分かれるのだが、その先の921mピークにある神社でまた合流する。道が何故分かれているのか、意味不明だ…。


神社を過ぎた辺りで、「993mピーク」方面の写真を撮ったので載せておこう。

神社の先より「993mピーク」を望む

中央に見えるのが「993mピーク」で、右側に一部見えているのが、ボコッと飛び出た「溶岩ドーム」だ。

ところで、帰ってきてからこの写真を何度も眺めたのだが、どうも「何か」を連想させるような気がしてならない。暫くはそれが「何か」はわからなかったのだが、ある日突然ピンと来るものがあった。

そう、コレは子供の頃に空想していた「火星の地表」じゃないか!と。


そういうことならと、今回はWindows10に標準で搭載されている「フォト」のフィルター機能を使って、より火星らしく加工してみることにした。



これが加工後の擬似火星?の写真だ。

擬似火星?の地表

空の色がもう少し暗くて荒涼としていたなら更によかったのだろうが、石器人のセンスではこの辺が限界である。



さて、話を戻して登山の続きである。

外輪山の登山道から続く稜線上の道を辿って「993mピーク」に登った後は、再び外輪山上に戻って「樽前山頂」を目指す。



しばらく歩き、「溶岩ドーム」の西側真横辺りで昼飯を食って休息した時に「風不死岳」方面を撮った写真が残っていたので、それも載せておこう。

「溶岩ドーム」西側直下から「風不死岳」方面を望む


右手の稜線上に、「風不死岳」へと続く登山道が見える。ここより少し先の分岐から、「風不死岳」への縦走も可能だ。


「風不死岳」への分岐を過ぎると登山道は東方向にある山頂に向かっているので、忠実にトレースして進む。


やがて外輪山の頂上である「標高1,021.9mピーク」に到着する。ここが人間が到達できる「樽前山頂」である。

本当の山頂「溶岩ドームのてっぺん(標高1,041m)」なのだが、「中に入るな!」ということなので仕方ない。



ところで、「溶岩ドーム」頂上方面の写真も撮った筈なのだが、これまたどこを探しても見つからない。仕方がないので、取り敢えず「樽前山山頂部分の手描き3D?画像」でも載せておこう。


どうだい、ええ?幼稚園児も真っ青な出来栄えじゃないか?



さて、再び話を戻して登山の続きなのだが、外輪山の頂上を踏んでしまったので、後はやることもなく、ただ下山するだけである。

下山を開始したのは午後2時過ぎ頃だったと記憶しているが、その時間になってから登ってくる人が結構いて驚いた。「夕景」の写真でも撮るつもりなのかもしれない。


見晴らしの良い丸裸の山腹を過ぎ、低木の間の階段状の登山道を下ると、間もなく行きに記入した登山届の記入所に着いたので、下山時間を記入して今回の登山は終了したのだった。





この時行った「樽前山」は、山腹から上は樹木が全く生えていないので、他の山とは違った荒涼とした趣がある。

今年買ったカメラの生産終了FinePix S9900Wには、色々な撮影モードやフィルター機能がある様なので、より火星らしい写真を撮るために、近いうちにまた訪れてみたい山である。



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2016年12月23日金曜日

鬼斗牛山と岐登牛山


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ある時期、なるべく国道を使わずに、行き当たりばったりに裏道を通って北の方に行ってみようと思い立ち、農道や町村道を駆使しての裏道ドライブを結構頻繁にやったことがあった。

大体は国道12号沿いの山側の裏道を使う場合と、国道275号と12号に挟まれた農道を使う場合の二通りのルートになるのだが、目指していた訳でもないのに、何故か決まって最後は同じ場所に到達してしまうことが続いた。


本当に意図的でもなんでもなく、極力国道を走らずに気持ちの良さそうな裏道を無計画に進んで行ったら、不思議と「とある二つの山」の近くに引き寄せられたのだ。

それが旭川市の北の外れに位置する「鬼斗牛山」と、東川町の北にある「岐登牛山」という、奇しくも同じ「キトウシ」という読み方をする二つの山である。





その「二つのキトウシ山」について書く前に、まずは一つ目の「鬼斗牛山」迄の経路について、ざっと説明しておこう。

国道12号沿いの裏道を行く場合は、砂川まで国道とほぼ並行して走る道道1130号か農道を経由する。その後止む無く国道12号を一時的に出るが、滝川市に入ってすぐまた、国道の東側を並行する農道へ。そして、丸加高原を過ぎた辺りで、再度国道12号へ出るのだが、それからまたすぐ、今度は道道94号へ左折して北上し、妹背牛の市外に出る。

妹背牛からは、道道47号と並行して北側を走る農道を経由し、コップ山の麓を通って道道98号の湯内に出るか、若しくは道道282号経由で秩父別まで行って、そこから中山峠を超えて多度志に出てから、東方向の道道98号を進んで湯内まで行く。

湯内からは、旭川まで山間の道道98号を進み、嵐山で道道915号に左折して、江丹別から道道72号を通って鷹栖町に入り、道道99号に出て更に北上する。

北都橋を越えてすぐに、道道から分岐する東鷹栖14線に入り、22号とぶつかったら右折すれば、目の前に「鬼斗牛山(或いは三角山:標高379.3m)」が見える。


国道275号沿いに行く場合は、浦臼までは国道275号と12号に挟まれた地帯の道路の何れを通っても行けるので、それで取り敢えず奈井江と浦臼を結ぶ道道278号を目指す。278号に出たら浦臼市外を目指して一旦国道275号に出る。

国道を275号を北に少し進み、鶴沼を過ぎた辺りで葡萄畑の広がる天狗鼻の麓に通じる道に左折する。その少し先に於札内へ抜ける農道があるので、そこを右折。

そこからは札沼線と並行して走る農道を北上し、中徳富で広い農道に向かって左折する。その農道を上っていくと、右手にグリーンパークへ向かう農道が現れるのでそこを右折。

後は多少のドン突きや曲がりはあるものの、道なりに進めば大和の辺りで国道275号と合流する分岐に出る。

そこで国道を横断して滝川市に入り、函館本線の東側を走る農道を左折し、滝川広域農道に出た後、多少曲がりながらも道なりに進めば、今度は国道12号に出る。

国道12号を旭川方向に向かって左折し、少し行くと道道94号との分岐があるので、そこから後は「国道12号沿いに行く場合」と同じ。

「鬼斗牛山」から「岐登牛山」に向かう経路については、また後で触れることにしよう。





ということで、まずは「鬼斗牛山」が見える場所に辿り着く訳だが、ここで山名の「キトウシ」について考えてみた。

語感からしておそらくアイヌ語だろう、という見当はついていたのだが、旭川市のホームページに拠れば「ギョウジャニンニク(俗に言うアイヌネギ)がたくさん採れる場所」という意味らしい。

まあ、北海道ではアイヌネギなど、雪解けの時期にはそこらの山の沢筋に行けば珍しくもなんともないのだが、この山は「たくさん採れる場所」と名付けずにはいられない程ドッサリ採れるということなのだろう。




で、話を戻して東鷹栖の22号に到着してからの「鬼斗牛山」の件である。

まずは「鬼斗牛山」と、その後に向かう「岐登牛山」地図。

   


で、これが「鬼斗牛山」の航空写真。

   

↑この写真は少し拡大し過ぎたので、画像左下の-(マイナス)ボタンを数回クリックすれば、適度な縮尺で見られる筈だ。



前述したとおり、東鷹栖の22号線道路まで来ると、道路のほぼ進路上にこの「鬼斗牛山」が見えるのだが、雰囲気が何とも言えず良いのだ。

なだらかな傾斜地の田園地帯で、その中を通る道路も適度な起伏があり、目で見た感じではそれ程似ているとはと思えないのだが、何故か美瑛の畑を思い起こさせるような不思議な感覚が湧き出てくる場所でもある。

当時、付近を撮った写真が一枚だけパソコンに残っていたので、それを載せておこう。

「鬼斗牛山」を過ぎた辺りから鷹栖町方面を望んだ写真である。


「鬼斗牛山」は、確かこの画面の右斜め後ろ方向に位置していたと思う。


この「鬼斗牛山」、実は登山道があって頂上まで登れるらしいのだが、当時はそれがわからず、せいぜい「北側の麓を通る林道も使って山麓を一周」した程度の探索しか行っていない。次に訪れる時には是非とも山頂を目指してみたいものだ。





さて、「鬼斗牛山」に着いた後なのだが、次は何処に行こうかと暫く迷ってから、「そうだ、大雪山の見える方向に行ってみるべ」と思い立ち、道道520号に出て比布町に入り、そこから道道1122号を通って当麻町に入ることにした。そのまま直進すると道路は「黒岩山」の東側を迂回する山間の道道486号に変わる。更に進めば、旭山動物園方面に続く道道295号に変わるのだが、豊田の十字路を左折して「キトウシ森林公園家族旅行村」のある方向を目指す。

その道を少し上って右手にゴルフ場がある峠に着けば、そのすぐ左手のスキー場のある山が、なんと直前に訪れた「鬼斗牛山」と全く同じ読み方である「岐登牛山(キトウシ山 標高456.6m)」だったのだ。

西側斜面が頂上付近まで続くスキー場となっている為、登頂意欲をそそられない山ではあるが、東川町側の麓から伸びる道路が「展望閣」まで続いており、そこの駐車場に車を停めて、遊歩道沿いに山頂まで行けるらしい。


これがその「岐登牛山」の航空写真。
   

↑こちらの写真も拡大し過ぎなので、画像左下の-(マイナス)ボタンを数回クリックして適度な縮尺で見て欲しい。



この「岐登牛山」なのだが、特に意識して目指した訳でもないのに、何故か「鬼斗牛山」を訪れたすぐ後にここに連れて来られた?ことに不思議な縁を感じる。

実は、当麻町から山間の道に入った後は、適当に「気分の良さそうな道」を勘で選んで進んで来ただけなので、1回目に訪れた時はドライブ経路は、ろくに憶えていなかった。

にも拘わらず、その後数回訪れた際も「鬼斗牛山」を訪れた後は、途中の経路は毎回違うものの、何故かこの「岐登牛山」に引き寄せられる様に来てしまうから不思議なことだ。





ところでこの「岐登牛山」の語源なのだが、こちらも「鬼斗牛山」同様、「ギョウジャニンニク(俗に言うアイヌネギ)がたくさん採れる場所」という意味らしい。

なんとも安直なネーミングのような気もするが、直線距離で十数kmしか離れていない地域に、2箇所も「ギョウジャニンニクがたくさん採れる山」があるというのは、一体どういうことだろう?

遥か昔、それぞれの集落の人たちが「俺たちのトコの方がたくさん採れるぞ!」と張り合った結果なのだろうか…。



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2016年12月3日土曜日

謎の神殿?UFOを呼ぶハヨピラ


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日高管内の平取町に、「UFOを呼ぶ為に造られた施設がある」と知ったのはいつ頃だっただろうか。

「ハヨピラ自然公園」という場所だそうで、なんでも、マヤの神殿みたいな急な階段状の構造物が山の斜面一帯に建設され、嘗てこの地に降臨したというアイヌの神様「オキクルミ」の像や、UFOとか飛行機のオブジェなども設置されているということだった。



この施設のそもそもの成り立ちは、一部の好事家によって創設された「宇宙友好協会(略称C.B.A)」なる団体を母体として実施した事業の一環の様で、この団体についてはWikipediaに書かれている内容が、なかなか興味深い。尚、Wikipediaに拠れば、そこの施設の建設については、東京五輪の年の1964年に計画され、1967年に完成の暁を見たらしいのだが、その後「宇宙友好協会」は消滅してしまったらしい。

当初は「UFOとコンタクトする為の施設」として建設されたのだが、「宇宙友好協会」消滅後に平取町に移管されて「ハヨピラ自然公園」という名称に変わり、その後施設の老朽化などで、閉園となってしまう。現在は、遺構はそのまま残ってはいるものの、「公園跡地」という扱いになっている様だ。

で、その「ハヨピラ」という名前の語源なのだが、アイヌ語から来ているようだ。

後から現地を訪れた際に、平取町による語源の説明の看板を見ているのだが、詳しい内容は忘れてしまった。確か「武装した(ハヨ)」、「崖(ビラ)」から来ているという、よくわからない理由が書いてあった様な記憶がある。

その他にも、そもそもこの平取町には、平泉で死んだ筈の源義経が落ち延びてきたという伝説があり、「義経神社」なる神社(地図参照)も存在するのだが、その義経が置いて行った「武器」という意味のアイヌ語「ハヨ」と、それが置かれた場所を表す「崖」という意味の「ピラ」が合体した地名だという説もあるらしい。

以上、不確かな記憶で申し訳ないが、これについては検索すれば妥当な答えが見つかると思うので、ここでは敢えて詳しく触れないことにする。




話は逸れるが、Wikipediaを読む限り、この「宇宙友好協会」なる団体の創設から消滅までの経緯が結構面白かったので、ネットでいろいろと調べてみた。


その中でも特に興味深かったのが、「UFOの里ブログ」と、「ふるやの森」というブログに掲載されていた記事である。尚、どちらのブログもブログ名で検索すればトップに出てくるので、敢えてリンクは貼っていない。


で、まずは「UFOの里ブログ」なのだが、この中に「日本空飛ぶ円盤研究会活動秘話」という文献から引用したとされる、「CBA(宇宙友好協会)事件の松村氏と初接触」と、「CBA(宇宙友好協会)元幹部来館」という、二つの記事が掲載されており、その記事の中で「宇宙友好協会」の主宰者の人となりに断片的ではあるが触れられていて、かなり貴重な情報だと思われる。


また、「ふるやの森」の方は「銀河連邦日本(略称G.F.L.J)」という組織によって提供されているブログなのだが、こちらには当時「宇宙友好協会」の幹部だったA氏という方がFacebookで公開された、団体設立からハヨピラ記念公園建設までの経緯について書いた話を転載した、「GFLJ5/22,2015:コンタクト活動の先駆け:CBA(宇宙友好協会)の活動について」という記事が載っていて、これがまた濃い内容で面白いのだ。(※この「G.F.L.J」という団体については、ここで触れるとまたまた脱線してしまうのでこれ以上触れないが、信じるか信じないかは別にしても、こちらもまあ面白い。詳しくは「G.F.L.J」のブログやそのリンク先のHPを読んで欲しい)

中でも、記事中のリンク先「【転載】CBAとは?」に転載された、前述の「宇宙友好協会」の当時の幹部A氏による文章は、団体の消滅に関して自戒的に触れられており興味深い。


記事の中身については、両ブログともこれ以上ここでは触れないが、当事者及び、当事者と接触のあった人間による文献として、当時を知る上でかなり貴重な資料だろうと思われる。

「UFOの里ブログ」の管理人様、「ふるやの森」の管理人様、ありがとうございました。





さて、話を戻して「ハヨピラ自然公園」の件である。

記憶が定かではないのだが、おそらく2000年の夏頃だったと思う。それまで話には聞いていた、平取町にある「ハヨピラ自然公園」に行ってみようと思い立ち、当時乗っていたセロー225に跨り日高方面に向けて出発した。


まずは地図だ。

   

地図上には「義経神社」の場所も見える。


もう一丁、「ハヨピラ遺構」の航空写真。
   

画像左下の-(マイナス)ボタンをクリックすれば、全体像が拝める。




経路としては、まず国道234号を南下して早来町から道道10号に進み、その後分岐を道道59号へ向かう。

すると国道237号にぶつかるので、そのT字路を左折して平取町方面へと進む。

平取町の市街地に入り、役場の前を過ぎた辺りで国道が緩やかに右にカーブしていて、そのカーブの起点にある信号から左手に直進して行く道に左折する。この道が「日高国道」と呼ばれている道らしい。

その「日高国道」をそのまま直進し、右側にカーブして沙流川を渡る橋の手前にある分岐を左折すれば、現在は「ハヨピラ自然公園跡地」となっている場所の登り口に着く。尚、ハヨピラの頂上の遺構は、道路のかなり手前から視認できる。


当時も入口のゲートは閉まっていて、「閉園」になっている旨の但し書きの看板があったのだが、ゲート脇から歩いて入れるし、特に「立入禁止」の表示も無かったので、ゲート手前にある空きスペースにバイクを停めて、そのまま歩いて登っていくことにした。

道の終点は広場になっていて、そこから石段が斜面頂上にある天辺が平たい三角形のオブジェに向かって続いている。

これが頂上付近に向けて撮った写真。

頂上を望む
石段途中にある円盤状のものは、どうやら「花時計」の跡らしい。


急な石段を上っていくと、UFOのオブジェの辺りの石段に金網のフェンスが設置してある。どうもそれ以上進むな、との意思表示らしいのだが、金網の両脇が空き放題なので、難なく通過できてしまった。

そのまま、写真集などで見るマヤやアステカの神殿もかくやと思わせる程に急な階段を上っていくと、道路から見えた「上が平たい三角形の構造物」の根っこに到達した。

その「上が平たい三角形の構造物」も、入口から中の階段を通って、「三角形の構造物の頂上」まで上がれるらしいのだが、鉄製の階段が当時でもサビサビの状態だったので、上ってみることは断念した、

尚、この「三角形の構造物の根っこ」地点からでも眺めは十分良くて、沙流川とその流域の景色が一望できたのだが、その時撮った写真は何処かに紛れ込んでしまったようで、探しても見つからない…。

という訳で頂上付近まで極めたので満足し、そのまま帰路に就いたのだが、下りの石段が急で、恐ろしいことこの上無い。ヘッピリ腰で石段を下り終えて下の広場に着いた時には、思わずホッとしたものだ。





以上が十数年前に行った「ハヨピラ自然公園跡」の探訪記録である。

確かに現地もそれなりに面白かったのだが、上にも書いた様に、それ以上に「ハヨピラ遺構」の成り立ちがとにかく興味深い。

普通、思い付きだけでは、素人工事で山の斜面を切り開き、UFOを呼ぶ為の祭壇を造ってしまう人間など中々いないと思われるのだが、実際にそれをやってのけたことにまず驚く。

ネットで見る限り、やっていることは新興宗教みたいに感じられなくもないのだが、しかし石器人はこういう人達が嫌いではなく、寧ろ羨望さえ覚える。何処に向かうかは別にして、少なくとも自分の様な凡人には無い強烈なエネルギーを持っている訳だし、何よりこういう人達が存在するから、この息苦しい世の中も少しは面白くなるのではないかと思っているからなのだが…。



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2016年11月13日日曜日

当別町伊達山から羆の糞転がる林道伊達山線へ


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今はネットで地形図が見られるようになったので、もう地形図を買うことはなくなったのだが、昔から道内の地形図を買ってきて、ニヤニヤしながら眺めるのが好きだった。

で、ある時、当別町近辺の地形図を見ていたら、北海道医療大学の裏手のゴルフ場から、ほぼ尾根伝いに道があることに気が付いた。実線表示だから「歩道」ではなく「車道」だろう。恐らく非舗装の「林道」だと思うが。

その地形図上の林道を辿って行くと、尾根伝いに青山方面に通じているようだ。

ずっと気になっていたその林道だが、割と遠くない所にあるのでいつでも行けるだろうと思っていた所為か、なかなか行く機会を掴めないまま今に至っていた。

地形図を見る限りではほとんど尾根上にある道なので、葉っぱが落ちた秋ならさぞや見晴らしが良いだろうと思い、重い腰を上げて10月末の日曜に走行16万km超えのボロ車で走ってみることにした。


地図はこれだ。

   





まずは、北海道医療大学の裏手を走る道を「ハッピーバレーGC」に向かって上がって行くと

裏手の道から医療大学を望む



ゴルフ場入口に到着。ここが地図ポイント1の起点だ。

地図ポイント1 ゴルフ場入口
このまま直進する。



左手にあるゴルフ場の端っこの地点から、いよいよダートに入る。地図ポイント2.。

地図ポイント2 ダートを直進



右側に「伊達山(標高101m)」があるらしいが、見通しが悪くてよくわからない。

右手に「伊達山」



尾根筋の道を行くのだが

尾根上を行く


本当に見通しがよくない…。

なんも見えんわ…


やがて地図ポイント3の十字路が出てくる。右手を下ると「金沢」方面へ、左手に行くと「茂平沢」方面に出るようだ。

地図ポイント3の十字路


そのまま進むと人工林の間伐現場が…。

日曜だから作業は休みらしい


枝打ちもやっとりますな。

枝打ち現場


更に進むと阿蘇岩山のレーダーが見える。

阿蘇岩山


天気はまあまあ。

曇り時々晴れ


見通しのよい場所も増えてきた。写真は青山方面。

青山側


おや、道の先に何か見えるが…。

何だべ?


ああ、これね。ここが地図ポイント4.の電波塔

地図ポイント4 結構高い


ここまで来れば見晴らしもよい。

空知方面を望む



そのまま尾根筋を進んで行くと二股に出る。右側に進めば「中小屋」方面に出るようだが、今回は左側に進むことにする。地図ポイント5の二股地点

地図ポイント5の二股


すると左手に、木々の間から当別ダムが見えてくる。

見難いが当別ダムが見える



そのまま尾根筋を進んで行くと

何山だべ?
雪を被った山が見えてくる。



方角から考えると「円錐峰(標高690.2m)」だろうか?

多分「円錐峰」?


更に下りになった道を進む。

下って行く


すると何やら分岐がみえる。ここが地図ポイント6

地図ポイント6の分岐


分岐の右手は、橋を渡って当別ダム湖沿いに、赤間の沢から青山に抜ける道路へと続いているようだ。

「ごとうのさわがわはし」
右手の橋は「ごとうのさわがわはし」という騒がしい名前らしい。漢字表記の方がわかりやすいと思うのだが…。


「ごとうのさわがわはし」方面は次回の宿題としておくか。

今回は行かない


で、「ごとうのさわがわはし」を渡らずに、分岐を左に進んで行くと、また橋が…。

また橋だ


「だてやまりんどうはし」というらしい。分岐ではないので、このまま橋を渡ろう。ここが地図ポイント7となる。

地図ポイント7の「だてやまりんどうはし」



おや?橋の上になんかあるぞ。

橋の中ほどに何やら黒い物が…


こ、これは…

コレはアレだ!



羆のウンコでないかい!?

おおっ…
ホレ、もう一丁!

勘弁して欲しいべさ…

しかしアレだな。二箇所ともキッチリ排水口で脱糞しているから、中々エチケットを弁えたクマなのかもしれない。



橋の上からの見晴らしはいい。クマもこの景色を眺めながら優雅にウンコをタレたのだろうか?

絶景を眺めながらウンコ?


それにしても北海道の場合、過去には山菜採り等で羆絡みの死亡事故がかなりの件数起きているし、去年などは紋別市で体重400kgという、グリズリー並みの巨大羆が仕留められたらしい。まあ、車に乗ってりゃ大丈夫だとは思うが。



気を取り直して前に進もう。

羆が気になる…
見通しはよくないが、どうやら当別ダム湖沿いを走っているようだ。この林道がどうやら「伊達山線」というらしい。



お!ゲートだ。開いててよかった。

ゲート



お?里に出たのかな?

道路が見えるぞ


ああ、成程。道道28号「当別浜益港線」に出るのか。

右手に行けば当別ダムだが、今回は左側の当別方面に向かい、帰路に就くことにしよう。地図ポイント8

地図ポイント8 道道28号線に出る


もうすっかり秋だべさ。

当別川沿いの風景


さ~、帰ろ帰ろ。



(続く)  (前回)



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