2016年10月20日木曜日

墓場への誘い セロー225 (Hakaba eno izanai Serow225)


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昔、セロー225というヤマハのバイクに乗っていた。

新車で買った1993年式で、2003年にエンジンが掛からなくなり手放してしまったが、乾燥重量が確か108kg程度と非常に軽く、まるで自転車のような感覚で乗れるバイクだった。

乗っていた頃は随分写真も撮ったのだが、保存していたCD-Rが駄目になってしまったので、今はセロー本体の写真は1枚も無い。

残っているのは、取扱説明書だけである。
買ったのは225Wのひとつ前の型(リヤドラムブレーキ仕様)なのに、何故か前後輪ディスクブレーキ仕様の225Wの説明書が付いてきた。


セロー225Wの取説


さて、このバイクだが、ライト系については割と大胆な改造を施した。

千葉の市川にある、YSP市川西(今はバイクショップ クリーンという名前になっている)という店が販売していた、CIBIEのMOTO180というバイク用のライトと、それをポン付けする為のアルミフレーム一式のセットを購入し、自分で取り付けた。

ライトが55/60WのH4仕様になった225Wのひとつ前の型だったので、元のライトは非常に暗かったからだ。確か30/30W程度じゃなかったかと記憶している。

で、CIBIEのライトを組んだセローだが、夜間の走りやすさは格段に向上した。美しいレンズカットのライトから出る光はたいへん明るく、一灯しか無いのに、車より走りやすかった程である。

後は、フロントタイヤを標準の2.75-21から、他の250オフ車と同じ、3.00-21に変更して、純正のハンドガードを付けた位である。
尚、このハンドガード、大きくて見た目も良くないが、防風効果は抜群で、雪が積もる直前の11月に走っても、手袋さえしていれば指が悴むことも無かった、





ところで、タイトルの件である。

セローでツーリングに出かけると、必要な時以外は幹線道路は走らない。
北海道であれば、大抵は幹線国道・道道に沿って、交通量が少ない割に立派な農道や市町村道があるからだ。

石器人なので、きちんと行き先を定めて走るわけではない。で、そういう農道や市町村道を進みながら、分岐ごとに止まっては、行きたい方を勘で決めて進んで行くのである。

このやり方で、気持ちが良さそうだと思える場所に向かって進んで行くと、どういうわけか山の方に引き寄せられる。
徐々に道が細くなって、最後には行き止まり、若しくは、これ以上進んだらまずいことになりそうだな、という状況に陥る。

別に山奥や寂しい場所に行きたい、と思って走っているわけではないのだが、
何故かそうなる。

そういう薄ら寂しい道でも、走って行く内には休むのに丁度良さそうな場所は必ず見付かるものだ。

で、そういう場所にバイクを止めて休憩し、辺りを見回してみると、見つけてしまうのである。

墓場を…。


大抵は5、6基から10数基程度のミニ墓地で、道路からは藪や林で隔てられている場所が多いから、パッと見はわかりにくい。
気付かなければ、それはそれで幸せだったのだが、風景の写真など撮ろうとするものだから、どうしても見つけてしまう。

こんな現象がツーリングの度に発生するので、ある時期から「もう墓場には行きたくねえ!」と身構えるようになり、意識的に寂しそうな方角を避けるようにしたこともあった。

すると今度はどういう訳か、走っている経路の途中に中規模~比較的大規模の墓地が、頻繁に現れるようになったのである。

それで震え上がった訳でもないが、「これは、何をやっても墓場には連れて行かれる運命なんだべな」と諦め、抵抗せずに墓場への流れに身を任せることにしたわけだ。



で、抵抗を止めてみた結果、墓場に引き寄せられることは無くなったのか?といえば、そんなことは無い。
相変わらず、行き止まりにぶち当たって「この先30m 〇△墓地」という看板と刈り分け道を見付けては「オワーッ!」と仰け反っていた。

でもまあ、慣れというものは恐ろしいもので、そういうことを続けているうちに段々と気にならなくなるものらしい。


セローに乗っていた時期の最後の方になると、陽も当たらないような草深い山道の奥でミニ墓地を見つけても、別に驚くこともなく、ただブバッと乾いた屁が出るだけになったという、何の為にもならないお話である。





※余談

セローでツーリングする際には、手放せない物が一つあった。
それがこれである。


秀岳荘オリジナルザック

北海道の登山用品店「秀岳荘」で以前販売されていた、オリジナルの登山用ザックで、ナイロン袋に背負い紐を縫い付けたシンプルな物である。

石器人はこれを「頭陀袋」と呼んでいたが、バイクにゴムネットで積むには本当に適した形状をしていて使いやすい。要はただの袋みたいな物だから、荷物の量に応じて、形が変幻自在に変えられる。

また、散々走った挙句墓場に行き当たり、くたびれてバイクの上で寝る時も、この上ない枕代わりとなってくれた。



もうひとつ余談だが、セローの上で寝る時は、シートに背中を預けタンクに尻を乗せ、足はハンドルの上で組み、頭はリヤフェンダーの上の「頭陀袋」に乗せれば、ピタッとハマる。

その際、目覚まし時計などは持って行かないので、シートから転げ落ちる時が目を覚ます時だ。



(※この記事は当初、2015年10月17日に「石器人の足掻き」に掲載された後、2016年6月10日に「イテテテ団」へ移転し、更に今回当ブログへ引っ越してきたものです。)


※関連記事

アレ?ここは確か墓場だった筈だが・・・


(続く)  (前回)


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2016年10月11日火曜日

無意根山近くにある大沼


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今から十数年前、多分2000年前後?の夏のことだったと思うのだが、札幌近郊にある無意根山(標高1,464m)に登ったことがある。

この無意根山、実は自宅からも見える。これがその写真だ。

無意根山
中央の山頂から右手方向になだらかに傾斜している稜線は、「千尺高地」に繫がっている(50倍ズームでやっとこの程度だ)。



登った時は、頂上付近に結構な残雪があったと記憶しているので、恐らく6月頃のことだったと思われるが、日記を付けていた訳ではないので、今一つ記憶が定かではない。

その時のことを、乏しい記憶を頼りに記録として残してみることにした。


《画像①》 これが登山コースの地図。

    


二通りある登山コースの内、豊羽元山側からのコースを選択し、よく晴れた日の早朝に自宅を出発した。定山渓経由で豊羽元山まで車で来て、当時あった「無意根山荘」前のスペースに駐車し、登山届を書いてから、無意根山頂を目指して出発。

豊羽元山側からのコースを選んだのは、途中で見える「ある場所」が目当てだったからなのだが、これがまた長いコースだった。

最初から急な林の中の登山道を黙々と登る。高度を稼いでいくと、後ろに定山渓天狗岳が見えるので、それに励まされながらまたひたすら登る。

標高1100mを越えた辺りで樹林帯を抜けて台地状の笹原になる。ここが所謂「千尺高地」と呼ばれる広い尾根の下端になるようだ。

傾斜が緩くなった笹の中の登山道をまた黙々と進んで行くと、やがて見通しの良い「休憩広場」と呼ばれる場所に出るので一休み。この場所からは、目指す無意根山の頂上が望める。距離的には、まだかなり先にあるように見えるが…。

一休みしてから再び笹原の中の道を辿って上を目指す。笹は根曲がり竹で丈が結構高く、見通しはよくない。

「休憩広場」から暫く進むと、登山道から右手に歩道が分岐して下っている(※注1:《画像③》の歩道分岐点の写真参照)のを発見する。これはもしかしたら、今回目当ての「ある場所」へ続く道なのだろうか?とは思ったが、今回は「ある場所」については、あくまでも「見る」ことだけが目的だったので、分岐を下りずにそのまま頂上を目指して歩く。

笹藪で周りがよく見えないけどひたすら進んで行くと、やがて広い台地状だった尾根が細くなって林の中に入る。多分この辺りから右手の下の方に「ある場所」が見える筈なのだが、木の枝や葉っぱが邪魔で見通しが非常に悪い。

右側の方を気にしながらそのまま登って行くと、漸く木々の間から「ある場所」が見えるところに出た。そう、「ある場所」というのは、長尾山と無意根山を結ぶ稜線の中間地点の西側下にある「大沼」のことなのだ。

木が邪魔で沼の全容は見えないが、それでもかなり大きな沼だということはわかる。登山ガイドブックには「長径500m」と書いてあるが、結構な大きさだ。そして水の色がまた「山と空の色」を映して、何とも言えず綺麗なのだ。

カメラは持って行かなかった為写真は撮れなかったので、代わりにGoogleの航空写真を載せておく。


《画像②》 「大沼」の航空写真。

    

画像左下にある倍率ボタン「+」をクリックして、オレンジマークの「大沼」拡大して見て欲しい。結構きれいな水であると思われる。また、左側には「小沼」も見えている。




さて、「大沼」についてはまた後で触れるとして、先に登山の話を済ましてしまおう。


細くなった稜線をしばらく進んで、左手の笹っ原の斜面にある道になる。その道を歩いて行くと、やがて薄別からの登山道との分岐に出る。左手下には無意根尻小屋も見えていたと思う。

やがてハイマツが生い茂る道となり、低いダケカンバの間を進んで行くと山頂に到着した。流石に道央でも屈指の標高の山なので、全方向見通しは良い。

風は強かったが、晴れていたので眺望は素晴らしく、空沼岳、札幌岳方面は無論のこと、羊蹄山の姿も拝むことができたのだった。







ということで、話を「ある場所(大沼)」の件に戻そう。

実はかなり以前から、札幌周辺の山の地形図を買って眺めていたので、無意根山と長尾山を結ぶ稜線の西側に、「大沼」という名の結構な大きさの沼があることは知ってはいた。

しかし、当時出版されていた登山ガイド本などを見ても、沼の存在については記載されているものの、「大沼」自体へのアプローチに関する記述は一切載っていなかった。

そこで、自分なりに「大沼」まで行く机上のルートを考えてみたのだが、地形図で見る限りでは、無雪期に「大沼」まで行くには、A案-元山コースの稜線沿いの登山道から藪漕ぎで最短距離を下る」か、若しくはB案-京極町方面からペーペナイ川沿いにある林道を遡行して、「大沼」の西側にある「小沼」まで行き、そこから「大沼」に向けて藪漕ぎする」方法の二通りしか無さそうなのだ。

どちらのコースも根曲り竹の藪漕ぎ(これはかなりきつい)必須となりそうなのだが、A案の稜線沿いの登山道から下るにしても、標高1000m強の場所にある「大沼」まで行くには、標高差200m以上の藪漕ぎが待っていると思われる。下りはともかく、戻って来るのに難儀しそうだ…。

但し、上の※注1に書いたように、稜線上の登山道から「大沼方面に向かっているかもしれない?刈り分け道の分岐」らしきものを、この時の登山で発見したので、A案のアプローチについては、もしかしたら事情が変わって来るかもしれない。


《画像③》 ※注1「大沼」方面への刈り分け道かもしれない分岐の航空写真。

    

左上から右下に走る登山道から「大沼」方向に分岐(オレンジのマークの斜め左下あたり)している「刈り分け道」がある筈なのだが、このGoogleの航空写真では判然としない。


Yahooの航空写真ではくっきりと「刈り分け道」が写っているのだが、このブログに上手く貼り付けられない。仕方ないので、Yahoo航空写真「豊羽元山~無意根山登山道から西側に向かう歩道分岐点の地図」にリンクを貼っておく。


Yahooの航空写真の方を見れば、今回前述※注1で見つけた発見した刈り分け道が、確かに西側方面に向かって下っているように見える。しかし、まっすぐに「大沼」まで向かっているのではなく、沼の北側にある「植林地」らしい辺りに向かって西側に伸びているようだ。更に写真の西側方向を確認すると、白くなってしまい写真が撮られていないようなので、その先は確認出来ない。

そのYahooの航空写真では「大沼」の南端近くに、西側から伸びて来ている歩道らしきものが確認できるので、上に書いた歩道とどこかで繋がっている気はするのだが、さっきも言ったように、肝心の西側の部分の写真が未だ撮影されていないようなので、結局はわからなかった。

機会があれば、この刈り分け道を下ってみたいのだが、絶好の水場である「大沼」のある一帯は「ヒグマの巣」のような気がするので、躊躇するものがある。




で、もう一方のB案、ペーペナイ川の林道遡行コースだが、こちらも「小沼」から先は、「ヒグマの巣」と思われる地帯の中を藪漕ぎして登ることになりそうだ。どちらかと言えば、このコースの方がヒグマに遭遇する機会は多そうに思える(A案のコースの場合は傾斜が急過ぎてヒグマも歩き難いだろう)ので、こちら側から行くのも中々難しい気がする…。




そういう訳で、「大沼」まで行くことは並大抵のことではないだろうと思っていたので、せめてその姿を遠くからでも生で見ようと思い、無意根山に登ってみた、という訳である。





あれ以来、現在まで無意根山には登っていない。

今でも偶に「大沼」に行く方法を考えるのだが、不思議なことにネットで幾ら検索しても、大沼まで歩いて到達した」という記述は発見できない。元山側から登れば必ず目にする沼なので、誰かが探検していてもおかしくないのだが…。

で、もし石器人が行くとしたら、夏場にヒグマに怯えながら藪漕ぎするより、春先の堅雪状態の時に山スキーを使った方が楽かもしれない、と今のところは考えている。




(続く)  (前回)



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