2017年10月19日木曜日

「あの世の入口 -いわゆる地獄穴について-」知里真志保・山田秀三著


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以前、石器人がネットで北海道の不思議なスポットについて色々調べている内に、アイヌ語で「アフン・ル・パル(若しくはアフン・ル・パロ)」、通称「地獄穴」と呼ばれる場所が道内各地にあることを知った。

で、その「アフン・ル・パル」について詳しく調べようと道立図書館に行き、館内の検索用パソコンで参考文献を抽出していたら、アイヌ語地名研究家としても名高かったらしい(石器人は浅学の為、全く存じ上げなかったのだが…)北海道曹達株式会社の経営者、故・山田秀三氏著の「北海道の地名」(北海道新聞社刊)という本を見つけたのだ。

これがその「北海道の地名」だ。




で、その「北海道の地名」に載っていた「アフン・ル・パル」に関する記述なのだが、例えば


<阿分>

信砂川口のすぐ北に続く土地の阿分、今は元阿分となっている土地に関する記述で、明治30年5万分図ではアフニと記載されているのだが、村名は阿分と書いてアプニと振り仮名してある。これについて(以下引用)

~永田地名解(*注1)では「アフニ。入り込みたる処」と書いた。アフニならアフン・イ(ahun-i)で「入る・処・入口」と読まれる。どこかの入り口だったろうか。また方々の土地にアフン・ル・パル「(あの世へ)入る・路の・口→通称地獄穴」と呼ばれる洞穴がある。~以下省略。(「北海道の地名」P.127より引用)


という様な記述や、


<アフン・ル・バル>

こちらは「アフン・ル・バル」そのものに関する記述で(以下引用)

~道内諸地にアフン・ル・バル「ahun-ru-par(地下の世界に)入る・路の・口」と呼ばれる処があり、和人はそれを意訳して地獄穴といっていた。たいていは崖の処にある横穴で、地下の世界に行って故人に逢った伝説を伴うものが多い。~途中省略~リフルカにアフンルバルがあり、~途中省略~意外にも巨大な擂鉢型の竪穴で、小径が螺旋型に底まで下っていた。見たことも聞いたこともないアフンルパルであった。私が測量して見取図をつくり、知里さん(*注2)が文を書いて学会に報告したのであるが、残念ながら土の構造で、今では半ば埋まって行ったらしい。~以下省略。(「北海道の地名」P.392より引用)


また、その「リフルカ」に関する記述としては


<リフルカ(蘭法華高台)>

登別地区と幌別地区の間に、長尾根が海に突き出していて、そこがリ・フル・カ(ri-hur-ka 高い・丘・の上)と呼ばれていた。~以下省略。(「北海道の地名」P.392より引用)


という記述の他に


<冨浦 とみうら(欄法華 らんぼっけ)>

登別の川下から、すぐ西側のリ・フルカ(高い・丘)と呼ばれた丘陵を越えた処が冨浦である。~以下省略。(「北海道の地名」P.392より引用)


などの記載もある。





更に、上記の「地獄穴」についてもっと調べてみようと、今年になってから、とある日曜日、また道立図書館に出かけたのだが、そこで非常に興味深い文献を見つけた。

山田秀三氏の文献がどれくらい所蔵されているのか調べるのも、もう一つの目的だったので、館内の検索用パソコンで山田氏の文献の目録を抽出して眺めていたら、面白そうなタイトルの文書が目に留まったのだ。

それが、北海道大学北方文化県境報告第十一輯(しゅう)別冊(昭和31年3月)の「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」という冊子で、山田秀三氏とアイヌ言語学者として有名らしい(この方も石器人は浅学故に存じ上げなかったのだが…)故・知里真志保博士との共著である。


これがその「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」





全33ページのA4版小冊子で貸出し不可能の資料だったから、目次と気になる箇所だけコピーさせてもらおうと思ったのだが、何とこの資料に関しては全ページ複写OKとのこと!

喜んで、早速館内のコピー機でコピーさせてもらった(勿論有料)。



コピーした資料はこんな感じでファイルに閉じて纏めておいた。




目次の写真だけ載せておこう。


これだけの数の「地獄の入り口」についての話が、道内にあるらしい。





この「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」をざっと読んでみて、まず興味を惹かれた場所は、石器人にとっては鬼斗牛山で馴染み深い比布町にある、「(8)比布川岸のウェンルパロ」である。

「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」に拠れば「ウェンルパロ」というのは、「Wen-ru-paro(悪い・路・の口)」という意味の様で、「地獄穴」と同じ様な意味があるらしい。

ということで、「地獄穴」についての第一回目の探検なのだが、まずはこの「比布川岸のウェンルパロ」に行って、実際にこの目で拝んでみることから始めるとしようか。





*注1 永田地名解:永田方正が編纂した「北海道蝦夷語地名解」のこと。

*注2 知里さん:アイヌ語研究者の知里真志保博士のこと。



(続く)  (前回)



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地獄の入口

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2017年9月9日土曜日

美瑛町の青い池と白金規範牧場


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石器人が好きな街の一つに、美瑛町がある。美瑛町は全体的な雰囲気も好きなのだが、中でも好きな場所なのが、有名な丘状のラベンダー畑ではなく、あんまり知られていない「白金規範牧場」という処である。正式な名称は「白金共同利用規範牧場」というらしいが、ネットで検索すると「白金規範牧場」という名称で呼ばれていることが多いらしいので、そちらの呼び方を使うことにする。

で、7月下旬のある晴れた日、久し振りに牧場に行ってみようかと思い立ち、石器時代のボロ車で美瑛町までドライブしてきたので、以下にその時の事を記録しておこう。

地図はコレ。

  

今回は岩見沢を経由するルートを使ったのだが、石器人が岩見沢経由で美瑛へ行く時は、いつも富良野市街を避けた裏道を使っているので、今回はその富良野市街手前辺りからの裏道についても、地図にポイントを載せておいた。





自宅から岩見沢方面を目指し、道道116号から桂沢を経由して国道452号に合流する。三段滝PAの先にある富良野へ向かう分岐から道道135号へ右折し、国道38号に突き当たったら富良野方面へ右折。

富良野市街に入る手前で富良野大橋側へ左折(地図ポイント1)し、鳥沼公園から西北西に上がってくる道路に突き当たったら右折(地図ポイント2)して、学田経由で一直線に道道298号を目指し、道道とのドン突き(地図ポイント3)を左折。上富良野町市街手前の六差路から後藤純男美術館へ向かう斜め右前の道路へ進入(地図ポイント4)

美術館を過ぎて道なりに進むと道道353号に合流(地図ポイント5)するので、そのまま白金温泉方面を目指して山の方へ走る。

白金ダムを過ぎると道道966号との交差点(地図ポイント6)に出るので、右折して少し進んでから
すぐまた「開空窯」で左手の道に左折(地図ポイント7)

左折して農道を上がって行くと、右手に「美瑛自然の村」「火山砂防情報センター」に向かう側道が右手に現れるので、そこを右折(地図ポイント8)。その先の道路の右手が、「白金規範牧場」である。

これがその「白金規範牧場(地図ポイント9)」の写真。

白金規範牧場から十勝岳方面を望む

牧場の南西方向を望む

噴煙を上げる十勝岳
十勝岳連峰の麓に広がる広大な牧場で、開放的な風景が非常に気持ちのいい場所である。



更に牧場横の道路を進んで行くと

牧場横の道路



「十勝岳火山砂防情報センター」に出て、ここで行き止まり。地図ポイント10

十勝岳火山砂防情報センター

避難所になっているようだ
この「十勝岳火山砂防情報センター」は、北海道開発局の旭川開発建設部所管の施設である。1988年の十勝岳噴火後に、避難場所として建てられた建物らしいが、1階は火山に関する様々な情報を映像で体験出来、2階は十勝岳の写真などが展示されているようだ。



道の終端に見えるトンネル状の入り口が、白金温泉からこちらの施設に避難してくる人達用に設置された「シェルター付き階段」である。

噴煙を上げる十勝岳と白金温泉からのシェルター付き避難階段

避難階段入り口
写真右側の下方に白金温泉があり、避難階段はそこに通じている。階段は火山弾を防ぐ為なのだろうか、透明なシェルターに覆われている。階段の数は全部で286段あり、石器人も一度、ここから白金温泉まで往復したことがあるのだが、結構な運動量だった。



これが避難階段の先にある白金温泉。

階段の下にある白金温泉
下まで降りてからまた上ってくるのは結構しんどいので、今回は眺めるだけにしておこう。





さて、車はここで行き止まりだったので、引き返すことにしよう。

で、来る途中、道道966号との交差点を通過する時に、やけにバスや乗用車の行き来が多いなと感じたのだが、どうやらそれは近年有名になった美瑛町の青い池へ向かう人とそこから帰ってくる人達だったらしい。

石器人は、メジャーな観光スポットはあんまり好きではないのだが、折角近くまで来たんだから、ちょこっとその「青い池」とやらを覗きに行ってみるかい。



という訳で、再び道道966号との交差点(地図ポイント6)まで戻り、今度は「青い池」のある左側に曲がる。


ちょっと走ると看板と駐車所への入り口が左側に見えるので、左折してその砂利道に進入する。程なく駐車場(地図ポイント11)が現れるのだが、いやいやいやいや、ほとんど満車に近い状態だべさ…。



これが駐車場の写真。入り口方向を向いて撮ったので大したことがないように見えるが、反対側(背中側)の広い駐車場は9割方埋まってしまっている。仕方なく、入り口付近のここら辺に停めるしかなかった。

駐車場の入り口付近 この反対(背中)側はほぼ満車状態



駐車場から「青い池」に向かう歩道も人だらけで、何やら意味不明な言葉が飛び交っている。ここにいる殆どの人達は、外見は日本人と変わらないのだが、どうやら中国語を話しているようだ。おまけに話す声が大きいもんだから、まるで異郷に迷い込んだような気分になるべさ。



その大きな声の人達に囲まれながら、ゾロゾロと未舗装の歩道を進んで行くと、やがて右手の樹々の隙間から、池の一端が見えて来る。

左手の歩道は異国人だらけ 右手は「青い池」の端っこ?


更に進むと池の全容が見えて来るのだが、とにかく人が多過ぎてうまく撮影ポイントを決められない…。

木々の隙間には人、また人、人…


良さそうなポイントには必ずと言っていいほど人が…



それでも、何とか中国語を話す人々の隙間を掻い潜って撮った「青い池(地図ポイント12)」の写真がこれだ。

歩いてきた方向の池を望む

「青い池」の真ん中辺りを正面から撮る

これから歩いて行く先の池の終端部分を望む

水面に立つ枯れ木

やっぱり水の色は噂通りなかなか青いな。看板に偽り無しだべさ。但し、こうして撮っている間も、背後をひっきりなしに中国語を話す人たちが通り過ぎて行く。




歩道の終点まで歩いてきたのだが、人が多くてあんまり長居できる雰囲気でもない。で、帰りの歩道(往路とは別の道)を戻ることにしたのだが、その道もまた中国語を話す人達で混み合っていたのだった…。

帰りも混んでる…
やっぱりメジャーな観光スポットは苦手だ、ということを再認識したべさ…。





車に戻って、中国語で麻痺した頭を一休みさせてから思ったことだが、来る前は静謐で神秘的な雰囲気を想像していた訳だが、現地に実際に行ってみると、そういう感じとはちょっと違っていた。

もちろん「青い池」自体や周囲の森は、静謐で神秘的な雰囲気を持っているし美しいのだが、観光シーズンど真ん中の所為か、そこに入り込んで来る人達が自分も含めて多過ぎる様な気がする…。まあこれは石器人自身が、ろくに人も行かないような場所の方が好みだから、ということもあるのだろうが。

ということで、今度来る時は今回の様な夏場の観光シーズンは避けて、雪の残る春先か、紅葉も散ってしまった根雪直前の季節を選んだ方がいいのかもしれない、と思いながら帰路に就いたのだった。


(続く)  (前回)


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2017年8月22日火曜日

月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の2


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前回、月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の1で、石器人が昔使っていた「月形町月ヶ岡~雨竜町間の国道を使わない裏道」について書いたのだが、その時は月形町から出発して浦臼町鶴沼に到着した時点で時間切れとなってしまい、後半の「浦臼町鶴沼~雨竜町」部分については走ることが出来なかった。

そこで、2017年の8月に裏道の残り後半部分の写真を撮るべく、「浦臼町鶴沼~雨竜の裏道」部分についても走ってみたので、その時のことを書いておくことにしよう。



これが今回走った裏道ルート後半部分の「浦臼町鶴沼~雨竜町の裏道」間の地図。

  

裏道ルート前半部分の「月形町月ヶ岡~浦臼町鶴沼」までの行程・地図については、月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の1を参照のこと。





8月初めのよく晴れた日に自宅を出発し、前回の終点だった「鶴沼から新十津川方面に向かうT字路」に到着。地図ポイント1。(山側から撮影)

地図ポイント1 鶴沼から新十津川方面に向かうT字路



左手に曲がると、新十津川・雨竜方面だ。

標識


この道を進むのだ。

直進方向が新十津川、雨竜方面


こんな景色の中を北上して行くと

この方向(東側)に国道275号が並走している



ドン突きに当たるので左折。地図ポイント2

地図ポイント2 ここを左折


後は道なりにず~っと直進。

道なりにかなり長く進む


「ふるさと公園」の標識がある地点で左折。地図ポイント3

地図ポイント3 「ふるさと公園」の標識を左折



山側に向かって進む。

上って行く



木の枝に隠れているが、また「ふるさと公園」への標識があるので右折。地図ポイント4

地図ポイント4 標識を右折



広域農道を新十津川方向に向かって、道なりに直進。

直進


いい天気だべさ。

こんな景色の中を進む



ドン突きを左折。地図ポイント5

地図ポイント5 ドン突きを左折



そしてすぐに右折。地図ポイント6

地図ポイント6 ちょっと行ってまたすぐ右折



国道275号に出る橋の手前で左折。地図ポイント7

地図ポイント7 国道に出る橋の手前で左折


この先のL字路(地図ポイント8)を道なりに右に曲がる。

この先の地図ポイント8で道なりに右に曲がる



しばらく行くと右に大きくカーブしてから

右カーブ



すぐに左手に行く側道が現れるので、そこを左折。地図ポイント9

地図ポイント9 T字路を左折



またしばらくまっすぐ進み

しばらく直進



尾白利加の史跡公園の十字路で道道432号と合流するので、そこを右折。地図ポイント10

地図ポイント10 道道432号との交差点を右折



国道275号方面へ向かって少し進むと

国道に向かってちょっとだけ進む



国道に出る前にまた左折。地図ポイント11

地図ポイント11 ここを左折



こんな景色の中をまっすぐ進んで

畑ばっかり



この十字路を右折して国道方面に向かう。地図ポイント12

地図ポイント12 十字路を右折


雨竜町洲本の国道275号との交差点が見える。

信号が国道との交差点



その雨竜町洲本の交差点。左右が国道275号で、直進方向が深川方向に向かう道道47号になる。地図ポイント13

地図ポイント13 国道との交差点



交差点を直進して、道道に入ってからすぐの標識。

ここから深川まで13km


ということで国道に出てしまったので、2回に分けての記事となった「月形町~雨竜町までの裏道ルート」の走行は、この地点で終了となる。





今回走った後編「浦臼町鶴沼から雨竜町までの裏道ルート」は、曲がりこそ多いものの、前編「月形町月ヶ岡~浦臼町鶴沼までのルート」と違ってダート区間も無く、国道を使うのとそれ程大差ない時間で走ることが出来るので、距離が嵩むことが気にならなければ、非常に便利な裏道と言えるかもしれない。

石器人が旭川方面に行く場合は、滝川までは国道12号と道央自動車道に挟まれた裏道の農道を使うことが多かったのだが、今度からはこちらの裏道も、また昔の様に活用してみようと思う。


※関連

2017年8月17日月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の1


(続く)  (前回)


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2017年8月18日金曜日

月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の1


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今からウン十年前、道北のある街に赴任していた頃の話なのだが、そこから実家のある札幌に帰省するのに使っていたルートが二通りあった。

ひとつは日本海の海岸線沿いに国道231号をひたすら南下するルートで、こちらの方は国道しか通れる道がないので迷うことはなかったのだが、いっつも同じ道を通る為、さすがに飽きて来る。

そこで目先を変えてみようと、少し遠回りにはなるのだが、内陸の深川市方面に向かい、碧水から国道275号を南下するルートを走ることにしたのだが、このルートにしても単調な国道の風景ばかり眺めながら走っていると、やっぱり飽きが来る。


ただ幸いなことにこの275号ルートには、日本海側の231号とは違って国道沿いに結構な農道が存在していたので、気分転換の為に時々その農道の方に入って南下することが多かった。

そんな中、ある年のお盆の頃だったと思うのだが、いつもの様に碧水から国道275号を南下し始めた時に、ふと「国道を一切使わずにどこまで南下出来るんだべ?」という考えが湧き上がってきた。

思い付いたらどうしても試してみたくなるのが横道好きの石器人の性で、雨竜町追分の道道47号の交差点から西側に右折して、国道沿いの農道を南下してみることにした。

で、その時に結構苦労して道を探しながらも、月形町まで国道を通らずに行くことに成功し、それ以降その裏道が、帰省する時の定番ルートになったのだが、石器人の職場が札幌近郊に代わってからはその道を通る機会も無くなり、いつしかその裏道の存在すら忘れてしまっていた。





時は流れて2016年6月のある日の話。

天気もまあまあのドライブ日和だったので、月形方面にでも出かけてみるかと、新篠津村経由で月ヶ岡に向かう農道をボロ車で走っていたのだが、国道275号との交点の辺りで、突然、「アレ?ここって昔、札幌に帰省する時に通った雨竜からの裏道の終点だよな」ということに思い至った。いやいや、懐かしいべさ。

という訳で、特に目的地も決めていなかったので懐かしさも手伝い、このまま「雨竜~月形裏道ルート」を逆走してみることにしたのである。


これが今回走った、裏道ルートの前半部分である「月形町月ヶ岡~浦臼町鶴沼」間の地図。
  

この続きの裏道ルート後半部分、「浦臼町鶴沼~雨竜町」間の行程・地図については、月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の2を参照のこと。




これが農道から国道275号との交差点と月ヶ岡の踏切を見た写真。地図ポイント1

地図ポイント1 月ヶ岡の踏切
手前十字路が国道275号との交差点で、左手が札幌方向。奥に見えるのが、JR札沼線月ヶ岡駅の踏切である。




踏切を越えて、月ヶ岡農免農道を右折、左折を一度ずつしてから五耕地山方面に向かって進むと、道道11号月形厚田線に合流するT字路にぶつかるので、月形町市街を目指して右折する。地図ポイント2

地図ポイント2 月形町市街を目指して道道11号との合流T字路を右折



途中にある知来乙公園。左手にある道が「道民の森」方面へ向かう 道だ。地図ポイント3

地図ポイント3 「道民の森」入り口


札沼線の踏切を再び越えて、国道には出ずに左手の道へ入る。地図ポイント4

地図ポイント4 左手の道へ


変則交差点を、国道には出ずに月形の市街地へ向かって直進。地図ポイント5

地図ポイント5 直進というか左斜め前方の道に進む


月形の市街地を通り抜け

このまま直進。右手には国道275号が並走している。


国道275号に合流する手前で左折。地図ポイント6

地図ポイント6 左手の道に曲がる


札沼線の踏切をまた越える。

踏切を越えて山の中の道に突入


こんな感じの道を進んで行くと

山の中の道


札比内の水田地帯に出るので、道なりに進んで行く。地図ポイント7

地図ポイント7 札比内(多分)の水田地帯


景色はのどかだ…。

天気はまあまあ


晩生内のT字路に出るので、山側に向かって左折。地図ポイント8

地図ポイント8 晩生内のT字路を左へ


で、すぐまた右折。地図ポイント9

地図ポイント9 右手の道へ右折


こんな感じの道を走り

また山道


道なりに進むと水田地帯に出るのだが、景色はいい。

晴れてきた


国道275号方面を望む。

向かって右側の国道275号方面の景観


さらに山の中の水田地帯を進んで行くと

説明を追加


「浦臼国際ライフル射撃場」に出る。地図ポイント10

地図ポイント10 ライフル射撃場


更に直進すると滝田川の十字路に出る。冬場はこの先は進めないので、右折して浦臼市街まで出るしかない(国道までは行かない)のだが、夏場は通行可能なのでこのまま直進する。地図ポイント11

地図ポイント11 このまま直進


路面はすぐに砂利道になる。

山の中の砂利道


しばらく道なりに進んで行くと、左手の山側から下りて来る道とぶつかるので、その道へ左折する。地図ポイント12

地図ポイント12 側道に左折


山の中の道を上って行くと

結構急な登り


いきなり開けた畑作地帯に出る。

何となく見覚えがあるな…


天気も良くなって最高だわ。

左手、つまり西側の風景



更に進んで行くと十字路が。地図ポイント13

地図ポイント13 ああ、そうか!やっぱりここは…
国道275号から鶴沼ワイナリーへ上ってくる道との交差点だべさ。



交差点を左折して、山側のワイナリー方向に行ってみよう。

山側に左折


これがワイナリーの葡萄畑。

葡萄畑だ


鶴沼ワイナリーのワイン直売所がある。地図ポイント14

地図ポイント14 ワイン直売所


更に山の上に向かって上って行くと、何やら施設が…。

何だろう?


田園空間博物館の「ぶどうの丘 恵彩館」という建物らしい。地図ポイント15

地図ポイント15 田園空間博物館て何だべ?



こんな説明看板がある。

説明書き
どうやら石造りの農業用倉庫を山の上に移築して、博物館として利用しているらしい。



納得したので、先ほどの地図ポイント13の十字路まで戻ろう。

地図ポイント13 先ほどの十字路。右手から走って来た



道が2車線になり、広くなっている。まっすぐ進むと国道275号の鶴沼に出るようだ。

まっすぐ行くと国道275号に行き当たる



しばらく下ると。左手に新十津川方面から来る農道が見える。地図ポイント16

地図ポイント16 新十津川方面に行く農道との分岐


標識の拡大写真。

左手が新十津川・雨竜方面



その左折して新十津川方面に行く農道の入り口から、新十津川方面を望む。

分岐入り口から新十津川方面を望む


本当はこの先に進みたかったのだが、日もだいぶ傾いてきたので、今日のところはここまでで打ち止めとすることに。

もうじき夕暮れになる





以上が、月形町月ヶ岡から浦臼町鶴沼までの裏道ルートである。ここから、まだ雨竜までの裏道の行程はかなり残っているのだが、それについては今年(2017年)の夏に走ってみたので、後日また改めて書くことにしよう。


※続編
2017年8月22日月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の2に続く。



(続く)  (前回)



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