2017年12月2日土曜日

登別のリフルカで「あの世の入口」を探すべ


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [地獄穴]


以前あの世の入口 -いわゆる地獄穴について- 知里真志保・山田秀三著」の中で紹介した山田秀三氏著「北海道の地名」に、所謂「地獄穴」についての興味深い記述がある。

第Ⅸ章胆振地方の「アフンルパル」の項目を読むと、「リフルカ」という場所に巨大な擂鉢型竪穴のアフンルパル(地獄の入口)があり、小径が螺旋状に底の方まで続いていて、悪い事があってはいけないから子供たちは近付けない処だった、と言われていた場所があるらしいのだ。

上記の「リフルカ」という場所についても「北海道の地名」「アフンルパル」のすぐ上の項目で説明されているのだが、登別市冨浦から南方向に海に向かって突き出している尾根の上にある高台のことらしく、「蘭法華(らんぽっけ)」と呼ばれる岬がすぐ近くにある場所だ。


この「小径が螺旋状に底まで続いている竪穴状の地獄穴」という記述に甚く興味を惹かれ、以前にも触れた小冊子あの世の入口 -いわゆる地獄穴について- (知里真志保・山田秀三著)も引っ張り出して調べてみたところ、「三、登別のアフンルパル」の章に、解説と詳しい位置図、それに当時(昭和30年9月)撮影した写真や、現地を測量して作成した図面まで載っていたのだ!

それに拠れば、穴の上縁の長径は約30m 、短径が約22mで、底部の長径が約10m、短径約6m、深さは4m余り程らしく、写真では太い縄でも巻いた様に見える螺旋状の道がはっきり確認出来る。

今から60年以上前の調査記録なので、現在どうなっているのかはよくわからないのだが、最新の地図を見る限りでは、「アフンルパル」があるとされている場所には、国道36号が切り通しの状態で通っている様で、この遺跡の破壊状況が気になる。キウス周堤墓群の様に、道路に寸断されていなければいいのだが…。


これは是非現地まで行ってこの目で確かめなければ、ということで今年の9月の初めのよく晴れた或る日、登別まで出かけることにしたのである。



これが今回の地図。

  

↑画面左下の縮尺変更ボタン(+-)で見やすい大きさに変更可能。



今回ネットでもリフルカのアフンルパルの位置を調べてみたのだが、どうやら登別の市営墓地の近くにあるらしく、国道36号から市営墓地へ向かう道の右側法面の上端沿いに、遺跡に至る刈り分け道が整備されている様だ。



Googleの航空写真でも確認してみよう。

  

↑オレンジ色のマークの下側に擂鉢状のアフンルパルがあると思われるのだが、写真で見ると丁度その場所に国道が通っている。





で、苫小牧方面から国道36号を漫然と走っていたので、その市営墓地への入口をうっかり見過ごして通り過ぎてしまった。慌てて引き返して、苫小牧方面を向いて撮った国道36号から市営墓地への進入路の写真がこれである。

R&Eの看板がある横道へ曲がる
今回は国道を引き返したので左折したのだが、苫小牧方面から36号を走って来た場合は、右折することになる。



まっすぐ進むと市営墓地に出る。この進入路の右側法面上端に、遺跡まで続く刈り分け道がある筈なのだが…。

右側法面の上端辺りに刈り分け道がある筈



市営墓地の通路に車を停めて今来た進入路を逆に戻ると、すぐにアフンルパルへ続くと思われる刈り分け道の入口が見つかる。

アフンルパルへ続く刈り分け道の入口



入り口の拡大写真。

入り口



こんな感じの刈り分け道に入って行くと

刈り分け道に踏み入る



国道から市営墓地へ進入する道の法面上端に出る。手摺の右側が道路の法面。

市営墓地へ入る道路の法面上端



先に進むと右手に国道36号が見えて来る。ここからは左に曲がり、国道36号の法面の上を進む。

右に見えるのが国道36号



更に進んで行くと何やら看板らしき物が見える。

看板が見える



アフンルパルについて説明してありますな。

看板の説明書き

説明は分かったのだが、初めに紹介した様な「擂鉢状の竪穴型遺跡」がどこにも見当たらないべさ…



もしや通り過ぎたんだべか?と思い、今来た方向を振り返ったら

来た方向を振り返ると
向かって左側は国道でガッツリ削られているのだが、何やら擂鉢の名残りの様な形状にも見える。


もう少し戻って国道側をみた写真。

柵が擂鉢の縁かい?


更に戻って、擂鉢の縁の始まり部分?の近く。

残存する擂鉢の縁の始まり部分?
どうやら柵がそのまま「残存している擂鉢の縁」らしく、擂鉢型アフンルパルの中央部分は国道36号の開削によって、無残にも削られてしまっている様だ…。「キウス周堤墓群」でもそうだったが、本当に勿体ないことをするもんだべさ。




遺跡の現在の状態を図面で表すとこんな感じ。


アフンルパルの大半が国道の開削により消失してしまい非常に残念だったのだが、ともかく「地獄穴」の一部をこの目で拝むことが出来たのは幸いだった。



こんな感じで「リフルカのアフンルパル」の探検は終わったのだが、事前のリサーチでこの場所のすぐ近く、登別漁港の海岸にも「アフンルパロ」と呼ばれる地獄穴があるらしいことがわかったので、折角来たのだからそちらにも足を伸ばしてみることにした。その詳細については次回で…。





ところで一つだけ気になることがあるのだが、「地獄穴」のど真ん中を通っている国道36号のこの場所の交通事故発生比率は、やっぱり他の場所よりも高いんだべか?…。


(続く)  (前回)


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [地獄穴]

-関連記事-
地獄の入口

-リンク-
石器人の足掻き
イテテテ団

2017年11月8日水曜日

地獄への入り口!?比布町で謎のウェンルパロ(地獄の入り口)洞穴を探すべ


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [地獄穴]


以前、ネットで知った「アフン・ル・パル」なる言葉について、気になって道立図書館で山田秀三氏著北海道新聞社刊の「北海道の地名」という本を借りたり、「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」をコピーさせてもらって調べてみたところ、「あの世へ続く入り口(通称地獄穴)」という意味の様で、どうやら道内各地にそう名付けられた場所があるらしいことがわかった、ということは前回あの世の入口 -いわゆる地獄穴について- 知里真志保・山田秀三著に書いた。

(※尚、「アフン・ル・パル」の最後の「ル」は、「北海道の地名」では小文字表記になっているのだが、このブログでは小文字にする機能が無いらしいので、小文字の代わりに半角表示にしておいた。)




それから程なくして、今度は集まれ!北海道の学芸員というサイトにあるアイヌ伝説が残るいしばい山の地獄穴という記事をネットで見つけた。

それによると、上川地方のアイヌの伝説で、「ピップ」「トッショ」という場所で猟をしていた二人のエカシ(アイヌ語で祖父という意味らしいが、この話の場合は先祖の男という意味が妥当かも)が、ムジナを追って洞窟に入って行くと、洞窟の奥には不思議な世界が広がっていて、そこから戻った後、その不思議な世界に惹かれた片方のエカシは死んでしまい、その世界を嫌った残る一人のエカシは長生きすることになるのだが、この件でアイヌがこの穴のことを、ウェンルパロ(悪い・道・口)とかアフンルパロ(あの世・道・口の意。アフン・ル・パルと同じ意味かと思われる)と呼ぶようになり、その後誰も入る者がいなかった、という話があるらしい。

で、どうやらこの「ピップ」というのは「比布町」のことで、「トッショ」は旭川市と比布町の境界にある「突哨山」のことを示すらしい。上記の「アイヌ伝説が残るいしばい山の地獄穴」の記事によれば、「男山公園」付近の「突哨山から連なる石灰岩地質の部分」が、明治時代から始まり昭和39年まで続いたの石灰岩採掘の為に「いしばい山」と呼ばれている由来が載っていて、そこが上記のアイヌの不思議な洞窟伝説の舞台の様だ。


山田秀三氏の書籍を読んだり、上記のような「あの世へ続く洞穴」に関するサイトを見て以来、石器人の頭の中では「アフン・ル・パル」「ウェンルパロ」という言葉は、「あの世へ続く入り口」→地獄への入り口と脳内変換されてしまい、いったいどんな場所なんだべ??と妄想が膨らむばかりだった。

知里真志保氏・山田秀三氏著「あの世の入口 -いわゆる地獄穴について-」でも、「(8)比布川岸のウェンルパロ」で、「比布にある『ドッショ』という山に、地獄に通じている穴、ウェンルパロがあるという言い伝えがある」旨のことが書かれているので、位置的にも「突哨山」付近で間違いないと思われる。



という訳で、上記アイヌ伝説が残るいしばい山の地獄穴の記事のおかげもあって、その通称「いしばい山」辺りに、その「地獄への入り口が存在するらしいことがわかったので、8月も半ばを過ぎた頃のある日、ボロ車を駆って現地に行ってみることにしたのである。

アイヌ伝説が残るいしばい山の地獄穴の管理人様、参考になりました。ありがとうございました。





これが地図。
  



まずは月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の1月形町から雨竜町まで国道を一切使わずに北上するべ!其の2で書いた裏道を使って雨竜町まで行き、道道47号と並行して走る農道を通って深川市に入り、コップ山の麓を過ぎてから道道916号とのドン突き(地図ポイント1)を左折して湯内へ向かう。

湯内で道道98号に突き当たったら(地図ポイント2)右折して旭川方面を目指し、嵐山で道道915号に合流(地図ポイント3)して北上すれば、道道72号にぶつかるので、そこを右折(地図ポイント4)

鷹栖町に入ったら道道99号にぶつかる(地図ポイント5)ので、左折してそのまま直進する。しばらく走ると、「北都橋」を過ぎてすぐに右側に農道への分岐がある(地図ポイント6)ので、そこを右に入り進んで行く。

北都橋から右手に分岐した農道を進む


田園地帯の農道をしばらく進んでから右L字路を右手に曲がる(地図ポイント7)と、進行方向に鬼斗牛山が見える。

進行方向に鬼斗牛山が見える


途中にあった売地物件。

527坪で68万!
おお、527坪で68万円だ!しかも農地じゃなくて宅地だぞ。



鬼斗牛山の麓から道道520号に合流(地図ポイント8)し、比布町に入ってからは道道1122号へ向かう交差点(地図ポイント9)を当麻町方面へ右折した後、麻布橋を渡る手前の農道との交差点を右折する。

そのまま直進し、栄園橋を渡る道路との交差点(地図ポイント10)を越えると、斜め右前方に通称「いしばい山」と思われる山が見えて来る。

「いしばい山」が見えてきた


ドン突きに当たるので右折。地図ポイント11

地図ポイント11 ドン突きを右に



宗谷本線の踏切を越えて

踏切を越える


更に進むと石灰岩の崖が露出した、通称「いしばい山」が近づいて来る。

いしばい山


右手に比布川を渡る赤い橋が現れるので、橋に向かって右折。

赤い橋を右折



すると正面ドン突きに通称「いしばい山」が現れるので、そのドン突き(地図ポイント12)を左折すれば

正面が「いしばい山」 地図ポイント12のドン突きを左折



橋の袂に駐車スペースがあるので、そこに駐車する。

比布川を渡る橋の袂にある駐車スペース


これは比布川の写真。

比布川 端から上流方向を望む


駐車スペースから左手方向を見る。

駐車スペースの左手


駐車スペースから右側方向を見る。

駐車スペースの右手方向


道路と崖の間は結構深い溝状の地形になっていて、おまけに灌木が密生している。その為、溝状の所まで降りてしまったら却って視界が妨げられそうなので、取り敢えず車道の上から観察してみる方がよさそうだ。

それでは、露出している崖の左端(駐車場の左手方向)まで歩いて行ってから、道路上から「地獄への入り口 ウェンルパロ(アフン・ルパルと同義)を探すことにしよう。

それにしてものどかな風景で、天気がいい所為もあるけど、ここら辺に「地獄への入り口 」があるという感じは全くしないべさ…。

橋から今走ってきた方向を望む




で、ここが崖の左端部分。

崖の左端 ここを境に旭川市←|→比布町
↑この崖の左端部分から「突哨山」へ続く稜線が、旭川市と比布町の境界のようだ。左手が旭川市で右手が比布町。



そこから少し右手に向かって歩くと

窪みはあるが浅い
窪んだ部分があるのだが、よく見れば奥行きは浅い。地獄穴はコレじゃないな。



更に道路を右手に行くと

これも窪みで穴ではない
また窪みがあったが浅いようで、コレでもない。



目を凝らして更に右手に行くと、崖に金属製の落石防止のネットがかかっている。

落石防止ネット(金網)


何も見つからないまま、さっきのドン突き地点(地図ポイント12)に到着。

橋からのドン突き地点 地図ポイント12



で、そのドン突き地点にも何も無い…、かと思ったのだが…、アレ?コレは…。

ネットの向こうに穴らしき影が…



その拡大写真。

下の方はちょっと深そうだ
窪みというよりは穴にも見えるのだが、金属製のネットで覆われている為よくわからない。ネットがあるから入ることも出来なさそうだ。一応崖の右端まで歩き終わってからここに戻ってきて、溝状の底まで降りて近くから観察してみることにしようか。



そこからまた右手に進むが

何も無いな



また右へ。おっ!コレは…

穴なのか?



穴か?と思ったのだが、よく見ると向こう側に木が見えるべさ…。

ただの岩の出っ張りだったべさ…
どうやら岩が張り出していただけの様だ。



ここら辺りは崖の右端部分なのだが、その付近にはこんな看板が。

立ち入り禁止の看板
ああ…、はいはい、わかりました…。



ついでに、こんな看板も。

落石注意



まあ、確かにコレを見ればね…。

上側はヤバそうだ…
崖の上部は何かの拍子にポロボロッと来そうな気もする…。



以上、崖の左端から「立入禁止」の看板のある右端まで、車道上を歩きながら観察してみたのだが、コレだと思うような深い洞窟らしきものは見つけられなかった…。



道路を歩き終わった後で、さっきの「落石防止金網の張られた箇所で見つけた穴らしきものの辺りを、溝状の底に降りて近くから観察しようと思っていたのだが、「立入禁止」ということで無理みたいですな。それにしても、男山株式会社が所有する「男山自然公園」では、公園のある旭川市の土地の他に、比布町のここの土地も管理しているらしい。ということは、恐らくこの辺一帯が男山株式会社の所有する山なのだろうか?





という訳で、さしたる収穫も無いまま「いしばい山」「地獄への入り口 ウェンルパロ(アフン・ルパルと同義)の探索は終了したのだが、山田秀三氏著の「北海道の地名」「あの世の入口 -いわゆる地獄穴について」を見たり、ネットで調べたりした限りでは、登別の辺りにもこの「地獄への入り口 アフン・ルパル」が存在しているらしいので、いつか機会を見つけて訪れてみたいものだ。


(続く)  (前回)


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [地獄穴]

-関連記事-
地獄の入口

-リンク-
石器人の足掻き
イテテテ団

2017年10月19日木曜日

「あの世の入口 -いわゆる地獄穴について-」知里真志保・山田秀三著


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [書籍資料]


以前、石器人がネットで北海道の不思議なスポットについて色々調べている内に、アイヌ語で「アフン・ル・パル(若しくはアフン・ル・パロ)」、通称「地獄穴」と呼ばれる場所が道内各地にあることを知った。

で、その「アフン・ル・パル」について詳しく調べようと道立図書館に行き、館内の検索用パソコンで参考文献を抽出していたら、アイヌ語地名研究家としても名高かったらしい(石器人は浅学の為、全く存じ上げなかったのだが…)北海道曹達株式会社の経営者、故・山田秀三氏著の「北海道の地名」(北海道新聞社刊)という本を見つけたのだ。

これがその「北海道の地名」だ。




で、その「北海道の地名」に載っていた「アフン・ル・パル」に関する記述なのだが、例えば


<阿分>

信砂川口のすぐ北に続く土地の阿分、今は元阿分となっている土地に関する記述で、明治30年5万分図ではアフニと記載されているのだが、村名は阿分と書いてアプニと振り仮名してある。これについて(以下引用)

~永田地名解(*注1)では「アフニ。入り込みたる処」と書いた。アフニならアフン・イ(ahun-i)で「入る・処・入口」と読まれる。どこかの入り口だったろうか。また方々の土地にアフン・ル・パル「(あの世へ)入る・路の・口→通称地獄穴」と呼ばれる洞穴がある。~以下省略。(「北海道の地名」P.127より引用)


という様な記述や、


<アフン・ル・バル>

こちらは「アフン・ル・バル」そのものに関する記述で(以下引用)

~道内諸地にアフン・ル・バル「ahun-ru-par(地下の世界に)入る・路の・口」と呼ばれる処があり、和人はそれを意訳して地獄穴といっていた。たいていは崖の処にある横穴で、地下の世界に行って故人に逢った伝説を伴うものが多い。~途中省略~リフルカにアフンルバルがあり、~途中省略~意外にも巨大な擂鉢型の竪穴で、小径が螺旋型に底まで下っていた。見たことも聞いたこともないアフンルパルであった。私が測量して見取図をつくり、知里さん(*注2)が文を書いて学会に報告したのであるが、残念ながら土の構造で、今では半ば埋まって行ったらしい。~以下省略。(「北海道の地名」P.392より引用)


また、その「リフルカ」に関する記述としては


<リフルカ(蘭法華高台)>

登別地区と幌別地区の間に、長尾根が海に突き出していて、そこがリ・フル・カ(ri-hur-ka 高い・丘・の上)と呼ばれていた。~以下省略。(「北海道の地名」P.392より引用)


という記述の他に


<冨浦 とみうら(欄法華 らんぼっけ)>

登別の川下から、すぐ西側のリ・フルカ(高い・丘)と呼ばれた丘陵を越えた処が冨浦である。~以下省略。(「北海道の地名」P.392より引用)


などの記載もある。





更に、上記の「地獄穴」についてもっと調べてみようと、今年になってから、とある日曜日、また道立図書館に出かけたのだが、そこで非常に興味深い文献を見つけた。

山田秀三氏の文献がどれくらい所蔵されているのか調べるのも、もう一つの目的だったので、館内の検索用パソコンで山田氏の文献の目録を抽出して眺めていたら、面白そうなタイトルの文書が目に留まったのだ。

それが、北海道大学北方文化県境報告第十一輯(しゅう)別冊(昭和31年3月)の「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」という冊子で、山田秀三氏とアイヌ言語学者として有名らしい(この方も石器人は浅学故に存じ上げなかったのだが…)故・知里真志保博士との共著である。


これがその「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」





全33ページのA4版小冊子で貸出し不可能の資料だったから、目次と気になる箇所だけコピーさせてもらおうと思ったのだが、何とこの資料に関しては全ページ複写OKとのこと!

喜んで、早速館内のコピー機でコピーさせてもらった(勿論有料)。



コピーした資料はこんな感じでファイルに閉じて纏めておいた。




目次の写真だけ載せておこう。


これだけの数の「地獄の入り口」についての話が、道内にあるらしい。





この「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」をざっと読んでみて、まず興味を惹かれた場所は、石器人にとっては鬼斗牛山で馴染み深い比布町にある、「(8)比布川岸のウェンルパロ」である。

「あの世の入り口 -いわゆる地獄穴について-」に拠れば「ウェンルパロ」というのは、「Wen-ru-paro(悪い・路・の口)」という意味の様で、「地獄穴」と同じ様な意味があるらしい。

ということで、「地獄穴」についての第一回目の探検なのだが、まずはこの「比布川岸のウェンルパロ」に行って、実際にこの目で拝んでみることから始めるとしようか。





*注1 永田地名解:永田方正が編纂した「北海道蝦夷語地名解」のこと。

*注2 知里さん:アイヌ語研究者の知里真志保博士のこと。



(続く)  (前回)



[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [書籍資料]

-関連記事-
書籍資料
地獄の入口

-リンク-
石器人の足掻き
イテテテ団

2017年9月9日土曜日

美瑛町の青い池と白金規範牧場


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [何だべ?コレ]


石器人が好きな街の一つに、美瑛町がある。美瑛町は全体的な雰囲気も好きなのだが、中でも好きな場所なのが、有名な丘状のラベンダー畑ではなく、あんまり知られていない「白金規範牧場」という処である。正式な名称は「白金共同利用規範牧場」というらしいが、ネットで検索すると「白金規範牧場」という名称で呼ばれていることが多いらしいので、そちらの呼び方を使うことにする。

で、7月下旬のある晴れた日、久し振りに牧場に行ってみようかと思い立ち、石器時代のボロ車で美瑛町までドライブしてきたので、以下にその時の事を記録しておこう。

地図はコレ。

  

今回は岩見沢を経由するルートを使ったのだが、石器人が岩見沢経由で美瑛へ行く時は、いつも富良野市街を避けた裏道を使っているので、今回はその富良野市街手前辺りからの裏道についても、地図にポイントを載せておいた。





自宅から岩見沢方面を目指し、道道116号から桂沢を経由して国道452号に合流する。三段滝PAの先にある富良野へ向かう分岐から道道135号へ右折し、国道38号に突き当たったら富良野方面へ右折。

富良野市街に入る手前で富良野大橋側へ左折(地図ポイント1)し、鳥沼公園から西北西に上がってくる道路に突き当たったら右折(地図ポイント2)して、学田経由で一直線に道道298号を目指し、道道とのドン突き(地図ポイント3)を左折。上富良野町市街手前の六差路から後藤純男美術館へ向かう斜め右前の道路へ進入(地図ポイント4)

美術館を過ぎて道なりに進むと道道353号に合流(地図ポイント5)するので、そのまま白金温泉方面を目指して山の方へ走る。

白金ダムを過ぎると道道966号との交差点(地図ポイント6)に出るので、右折して少し進んでから
すぐまた「開空窯」で左手の道に左折(地図ポイント7)

左折して農道を上がって行くと、右手に「美瑛自然の村」「火山砂防情報センター」に向かう側道が右手に現れるので、そこを右折(地図ポイント8)。その先の道路の右手が、「白金規範牧場」である。

これがその「白金規範牧場(地図ポイント9)」の写真。

白金規範牧場から十勝岳方面を望む

牧場の南西方向を望む

噴煙を上げる十勝岳
十勝岳連峰の麓に広がる広大な牧場で、開放的な風景が非常に気持ちのいい場所である。



更に牧場横の道路を進んで行くと

牧場横の道路



「十勝岳火山砂防情報センター」に出て、ここで行き止まり。地図ポイント10

十勝岳火山砂防情報センター

避難所になっているようだ
この「十勝岳火山砂防情報センター」は、北海道開発局の旭川開発建設部所管の施設である。1988年の十勝岳噴火後に、避難場所として建てられた建物らしいが、1階は火山に関する様々な情報を映像で体験出来、2階は十勝岳の写真などが展示されているようだ。



道の終端に見えるトンネル状の入り口が、白金温泉からこちらの施設に避難してくる人達用に設置された「シェルター付き階段」である。

噴煙を上げる十勝岳と白金温泉からのシェルター付き避難階段

避難階段入り口
写真右側の下方に白金温泉があり、避難階段はそこに通じている。階段は火山弾を防ぐ為なのだろうか、透明なシェルターに覆われている。階段の数は全部で286段あり、石器人も一度、ここから白金温泉まで往復したことがあるのだが、結構な運動量だった。



これが避難階段の先にある白金温泉。

階段の下にある白金温泉
下まで降りてからまた上ってくるのは結構しんどいので、今回は眺めるだけにしておこう。





さて、車はここで行き止まりだったので、引き返すことにしよう。

で、来る途中、道道966号との交差点を通過する時に、やけにバスや乗用車の行き来が多いなと感じたのだが、どうやらそれは近年有名になった美瑛町の青い池へ向かう人とそこから帰ってくる人達だったらしい。

石器人は、メジャーな観光スポットはあんまり好きではないのだが、折角近くまで来たんだから、ちょこっとその「青い池」とやらを覗きに行ってみるかい。



という訳で、再び道道966号との交差点(地図ポイント6)まで戻り、今度は「青い池」のある左側に曲がる。


ちょっと走ると看板と駐車所への入り口が左側に見えるので、左折してその砂利道に進入する。程なく駐車場(地図ポイント11)が現れるのだが、いやいやいやいや、ほとんど満車に近い状態だべさ…。



これが駐車場の写真。入り口方向を向いて撮ったので大したことがないように見えるが、反対側(背中側)の広い駐車場は9割方埋まってしまっている。仕方なく、入り口付近のここら辺に停めるしかなかった。

駐車場の入り口付近 この反対(背中)側はほぼ満車状態



駐車場から「青い池」に向かう歩道も人だらけで、何やら意味不明な言葉が飛び交っている。ここにいる殆どの人達は、外見は日本人と変わらないのだが、どうやら中国語を話しているようだ。おまけに話す声が大きいもんだから、まるで異郷に迷い込んだような気分になるべさ。



その大きな声の人達に囲まれながら、ゾロゾロと未舗装の歩道を進んで行くと、やがて右手の樹々の隙間から、池の一端が見えて来る。

左手の歩道は異国人だらけ 右手は「青い池」の端っこ?


更に進むと池の全容が見えて来るのだが、とにかく人が多過ぎてうまく撮影ポイントを決められない…。

木々の隙間には人、また人、人…


良さそうなポイントには必ずと言っていいほど人が…



それでも、何とか中国語を話す人々の隙間を掻い潜って撮った「青い池(地図ポイント12)」の写真がこれだ。

歩いてきた方向の池を望む

「青い池」の真ん中辺りを正面から撮る

これから歩いて行く先の池の終端部分を望む

水面に立つ枯れ木

やっぱり水の色は噂通りなかなか青いな。看板に偽り無しだべさ。但し、こうして撮っている間も、背後をひっきりなしに中国語を話す人たちが通り過ぎて行く。




歩道の終点まで歩いてきたのだが、人が多くてあんまり長居できる雰囲気でもない。で、帰りの歩道(往路とは別の道)を戻ることにしたのだが、その道もまた中国語を話す人達で混み合っていたのだった…。

帰りも混んでる…
やっぱりメジャーな観光スポットは苦手だ、ということを再認識したべさ…。





車に戻って、中国語で麻痺した頭を一休みさせてから思ったことだが、来る前は静謐で神秘的な雰囲気を想像していた訳だが、現地に実際に行ってみると、そういう感じとはちょっと違っていた。

もちろん「青い池」自体や周囲の森は、静謐で神秘的な雰囲気を持っているし美しいのだが、観光シーズンど真ん中の所為か、そこに入り込んで来る人達が自分も含めて多過ぎる様な気がする…。まあこれは石器人自身が、ろくに人も行かないような場所の方が好みだから、ということもあるのだろうが。

ということで、今度来る時は今回の様な夏場の観光シーズンは避けて、雪の残る春先か、紅葉も散ってしまった根雪直前の季節を選んだ方がいいのかもしれない、と思いながら帰路に就いたのだった。


(続く)  (前回)


[道案内]  [目 次]  [連絡先]  [ブログ]  [何だべ?コレ]

-関連記事-
何だべ?コレ

-リンク-
石器人の足掻き
イテテテ団